『風の歌を聴け』が意味不明だったというあなたへ|絶対に二度読みたくなる解説

村上春樹

 

村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)の感想・考察をします。  

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村上春樹さん、『風の歌を聴け』は意味不明です!

『風の歌を聴け』を読んだみなさん、

正直に言って、どうでしたか??

 

苦手な人

特に大きな出来事がなくて、退屈だった…。

意味不明で早く読み終わりたかった….。

好きな人

会話や雰囲気、文体が面白かった!

今までの文学にない新しさが魅力的だった!

このように好き嫌いがはっっきり分かれるのが『風の歌を聴け』です。

 

それもそのはず、今までの日本文学とは驚くほど違う強烈な個性ゆえに、大きな議論を呼んだのです。

ただ、筆者はバリバリの「好きな人」派で、合計10回ほど読んでいます。(笑)

先生

筆者

 

それを踏まえ、この作品の魅力や解説を全力で伝えていきたいと思います。

 

『風の歌を聴け』の超ざっくりなあらすじ

1970年の夏、「僕」が港町へ帰省した19日間の話。

友人の「鼠」とジェイズ・バーでビールを飲みながら過ごす日々。鼠はある女性のことで悩んでおり、一人で抱え込んでいる。僕は、ジェイズ・バーで酔いつぶれた女の子を介抱し、やがて親しくなる。こうして彼女と退屈な日常を過ごしながら、日々が流れていく。

先生

筆者

 

このように、「ストーリー性」はあって無いようなもの。一回読んでも忘れちゃうくらい。

そうです、この作品の魅力はそこではありません。

 

『風の歌を聴け』の特徴

先生

筆者

 

では、この作品の何が特徴であり、評価されるべき魅力なのでしょうか。

主に、3つのポイントが挙げられます。

①文体

村上春樹といえば、「独特な文体」が特徴的です。

村上春樹が苦手な方々は、「翻訳調だ・まわりくどい」などと嫌がります。そしてその文体はこの処女作から始まりました。なんと、この作品の冒頭1章は、

タイプライターを使って英語で文章を書き、それを日本語訳したもの」
村上春樹はアメリカ文学が好きで、小さい時から原文のままで読んでいたのです。(逆に日本文学をまともに読んだことは無かったようです)そういった外国文学の影響により、このような「翻訳調」スタイルになったそうです。
先生

筆者

 

これにより、今までの日本文学とは全く違う新鮮で斬新で、個性的な文体になったのです!

 

②アメリカ的

 さらに印象的なのは、「アメリカ的・無国籍的」な作風ということです。

つまり、「日本的なもの」が一切出てこないのです。

車はフィアット600で、テレビでは『ルート66』が流れ、おつまみはピーナツ、食べ物はアップルパイ、パンケーキ、クロワッサン、ビーフシチュー。そして『カリフォルニア・ガールズ』。

こんなの日本ではありません。日本文学でも見たことがないです。多大なアメリカ文学の影響を受けていますが、徹底されています。

 

先生

筆者

 

「無国籍的」な作品だからこそ、世界的に受け入れられて有名になったといえます。

 

 ③40の章立て

1章づつがとても短く、合計40の章に分かれています。

読んだ方はお分かりだと思いますが、章ごとの脈絡があるような、無いような…。

実は、当初書きあげた『風の歌を聴け』がどうもつまらなかったため、章どうしをシャッフルして一部を抜いてみたそうです

 

先生

筆者

 

奇抜過ぎます…。

これにより、さらに深みと面白みが出ました。

 

 

『風の歌を聴け』は何を伝えたかったのか?

先生

筆者

 

そんで結局、『風の歌を聴け』は何を伝えたかったのでしょうか。

ズバリ、「この作品のテーマ」とは..!

①『風の歌を聴け』の本文

この作品の「テーマ」はズバリ、本文中の以下の一節で表されます。
物語の最後、「僕」がバスで東京へ戻るシーンです。

あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。          『風の歌を聴け』p152-153

 

特に大きな出来事もなく、退屈な毎日をジェイズ・バーでビールを飲んだり4本指の女と過ごしたりする日々。こうやってほろ苦く「夏」は一瞬に過ぎ去り、人々は自分の持ち場に戻って行く。

 「あらゆるものはずっと止まる事をせず、こうしてするすると通り過ぎて行くのだ。」

そうして気づかないうちにいろんなものを失い、気づいた時には僕たちは歳を取っている。

先生

筆者

 

こんなことを小説を通して表現しているのです。

 

②エッセイ『職業としても小説家』の中でも

村上春樹が書いたエッセイ『職業としての小説家』の中で、『風の歌を聴け』の制作前の心境が語られています。ここにも、この小説のテーマが隠されていました。大学時代からずっとジャズバーを経営していた村上氏が30歳になった当時の心境です。

何しろ音楽が好きなもので、音楽に関わる仕事をしていれば基本的に幸福でした。でも気がつくと僕はそろそろ三十歳に近づいていました。僕にとって青年時代ともいうべき時期はもう終わろうとしています。それでいくらか不思議な気がしたことを覚えています。「そうか、人生ってこんな風にするすると過ぎていくんだな」と。  (『職業としての小説家』P45-46)

日常を夢中で生きていたら、知らぬ間に歳をとっていて、気づいた時にはするすると人生が過ぎ去っていた。人間は何気なく過ぎていく日常に誰も気づけないし、そうやって時が過ぎてしまう。こう思った彼は『風の歌を聴け』を執筆したのです。

 

たしかに、学生時代・青春時代というのはあっという間で、気づいたら終わっています。そして退屈に過ごしていた日常を振り返って、あれをしていれば、これをしていれば、などと思うのです。

 

先生

筆者

 

この小説を「退屈だ」「読むのに時間がかかった」という人達は、こういった視点で読むと、面白みが感じられると思います。

 

③『風の歌を聴け』の冒頭と最後

冒頭と最後に物語とは別に、文章が書かれています。

(ちなみに、この冒頭部分が英語を和訳したものです。)

内容は、以下のこと

  • 初めて小説を書く作者が述べる「文章を書くこと」について
  • 作者が影響を受けた「デレク・ハートフィールド」について 

ちなみにデレク・ハートフィールドは実在しません。私はその「実在しない」という事実にとても喰らったのを覚えています。(32章ではデレク・ハートフィールド著「火星の井戸」という作品もある)やられた、と同時に感動がこみ上げてきました。

 

***

村上春樹本人によると、冒頭の部分が「書きたかったこと」であり、その他は冒頭を展開していっただけのものだそう。

祖母が死んだ夜、僕がまず最初にしたことは、腕を伸ばして彼女の瞼をそっと閉じてやる事だった。僕が瞼を下すと同時に、彼女が79年間抱き続けてきた夢はまるで舗装に落ちた夏の通り雨のように静かに消え去り、後には何一つ残らなかった。 (『風の歌を聴け』P11)

あらゆるものが通り過ぎていき、最後には誰にも何も捉えられないが人生なのです。

 

『風の歌を聴け』の考察

以下の事は違う解釈もあることを踏まえて読んでください。

「僕がバーで介抱した女」と「鼠の悩みになっていた女」は同一人物である、というものです。以下、根拠です。

①鼠と「女」(仲違い)

18章で「介抱された女」は僕に酷いことを言ったから謝りたいと電話してきます。

そして彼女をジェイズ・バーに誘います。それから、

「…ねえ、いろんな嫌な目にあったわ。」

「わかるよ。」

「ありがとう。」  (『同上』p.73)

と言います。いろんな嫌な目というのは「鼠」に関することです。それを「わかるよ。」としたのもその両者を知っている「僕」だからです。ちなみにその嫌な目の原因は鼠との間の妊娠によるものです。

 

②鼠と僕(相談をやめる)

24章でひどく悩んでそうな鼠が「人に会ってほしい」と言い、僕を女に会わせようとしていたが、27章で「止めたんだ」と言っております。相談したいけど諦めたのです。

そして29章で、僕はジェイに鼠と例の女はどうなったのか、何かまずいことでもあったのかと聞きます。

「きっとあんたに相談したがっているはずだよ。」

「何故しない?」

「しづらいのさ、馬鹿にされそうな気がしてね。」 

「鼠には僕の方から言いだしてみるよ。

「うん、それがいいよ。」  (『同上』p.111)

自分は女と不仲であり、その女が友人の方へ行ってしまい鼠はひどく悩みます。友人の僕に相談したいものの、それは馬鹿馬鹿しい事だからと話しません。彼なりのプライドがあります。

 

そして31章で僕は鼠に思い切って聞きます。すると、

「はっきり言ってね、そのことについちゃあんたには何も言わないつもりだったんだ。馬鹿馬鹿しいことだからね。」

「でも一度は相談しようとしただろう?」

「そうだね。しかし一晩考えて止めた。世の中にはどうしよもないこともあるんだってね。」  (『同上』p.120)

 鼠はもうどうしようもないことなんだとして相談するのを止めたのです。

こうして鼠が登場するシーンは終わります。

 

③僕と「女」(嘘を告白)

22章で「一週間ほど旅行する」と僕に言っていた彼女だったが、33章でそれは嘘だと言った。

僕と彼女の間には、この前にあった時とは違った何かしらちぐはぐな空気があった。

「旅行は楽しかった?」

「旅行になんて行かなかったの。あなたには嘘をついていたのよ。」

「何故嘘なんてついた?」

「あとで話すわ。」  (『同上』p.130-131)

35章で、倉庫街にて「嘘なんて本当につきたくなかったのよ。」と彼女は言い、泣きます。そして36章で中絶手術を受けたことを告白します。

「不思議ね。何も覚えてないわ。」

「そう?」

「相手の男のことよ。すっかり忘れちゃったわ。顔も思い出せないのよ。」

「好きになれそうな気がしたの。ほんの一瞬だけどね。…..   (『同上』p.143-144)

 このあと僕はたまらなくビールが飲みたくなります。25メートル・プール一杯分ばかりのビールを二人で飲み干した鼠との日々を思い出したのかもしれません。

 

以上が私の考察です。一つの参考までにしてみてください。そして何よりこの作品を楽しんでほしいです。

 

『風の歌を聴け』が気に入ったあなたへ

『風の歌を聴け』続編が『1973年のピンボール』です。

『風の歌を聴け』の雰囲気はそのまま。「僕」が突然双子と暮らし始めるところからスタート。『1973年のピンボール』の続編がベストセラー『羊をめぐる冒険』です。
 
*****
 
エッセイ『職業としての小説家』もおすすめ。
 
『風の歌を聴け』の製作当時の心境・デビュー当時の出来事などが詳細に書かれています。小説家を目指す人のためでなく、人生・将来について迷っている人のための本です。
 
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また、『風の歌を聴け』映画版もあります。

 この「翻訳調」のセリフ、実は「昭和の芝居じみた調子のセリフ」ととても合うんです。原作を損なわずに、世界観を発揮していると思います。私は一番最初の「冒頭部分」でもう引き込まれました。

 

番外編:村上春樹が影響を受けた作品

『風の歌を聴け』は様々な外国文学から影響を受けていますが、決定的なのはアメリカの小説家カートヴォネガットです。

特に『風の歌を聴け』はこの『スローターハウス5』に多大な影響を受けています。

章ごとでいきなり展開が変わるというスタイルが同じであったり、「そういうものだ(so it goes)」という特徴的なセリフを『風の歌を聴け』でそのまま使っています。

先生
筆者

『風の歌を聴け』が好きなあなた、村上春樹を知りたい方は是非…!

 

 

 

 

 

 

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