【考察】『一人称単数』の感想 | 村上春樹から見た世界は理不尽である

村上春樹

7/18に発売された村上春樹『一人称単数』

感想や考察を書いてみました。

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書き下ろし作品「一人称単数」の解説・考察

タイトルの「一人称単数」とは、「私」のこと。
スーツを着て街を出かける「私」は、おそらく村上春樹自身のことであろう。

ある種の「私小説」としてこの作品を読んだ。

 

①スーツを着る「私」

彼は、スーツを着ることに対して違和感を持っている。後ろめたさを感じている。疲れて息苦しくなり、家に帰って脱ぎ捨てると安らかな気持ちになる。

つまり、スーツを着ている自分は本当の自分ではない
会社員経験がない村上春樹にとってはしっくりとくる表現だ。「自然体ではない自分」のことである。そのまま、彼は外の世界に行く。

 

②スーツを着た「私」を罵倒する女性

バーに入り、ウォッカ・ギムレットを飲みながら読書をする「私」に女性が話しかける。

「そんなことをしていて、なにか愉しい?」
「洒落た格好をして、一人のバーカウンターに座って、ギムレットを飲みながら、寡黙に読書に耽っていること」
「そういうのが素敵だと思っているわけ?都会的で、スマートさとか思っているわけ?」

敵対意識の込めたその言葉を放つ女性には「表情が全くない」し、感情も何もわからない。

この女性は、村上春樹が今までに浴びせられてきた、「薄情で強烈な批判」を表しているのだろう。

彼は、名前も顔も知らない、自分にとっては関わりのないような人から、あらゆる理不尽な誹謗中傷を受けてきた。

’80年代後半、村上春樹の小説『ノルウェイの森』がベストセラーになったとき、批評家たちが彼に投げつけた罵倒のすさまじさを僕はよく覚えています。それは一人の若くして成功した作家に対する、組織的な呪いでした。(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/28694?page=2)

この「罵倒」に関しては、エッセイなどでたくさん語られてきた。

そしてそれにうんざりしている村上春樹氏を私は思い出した。ちなみに、お笑い芸人の爆笑問題・太田は村上春樹を作中の女性と同じような文言で批判する。

 

「それ、素敵なスーツね」「あなたには似合ってないけど。なんだか借り物の衣装を着ているみたい」

本当の自分でない、スーツを着た「私」をことごとく批判する。

そして顔も分からない、感情も見受けられない人によるいわれもない「罵倒」にとうとう限界がくる。

③女性から逃げた先にあった世界

徹底的に理不尽な目に遭わされた彼が、外に出た先は今までとは全く違う世界だった。
季節は春ではなく、月もなくなっている。いつもの知っている通りではなく、街路樹には気味の悪い太いヘビたちがうごめいている。地面には灰が積もっており、歩いている人に顔は無く、硫黄のような息を吐いている。

さっきまでの心地よく優しい世界とは一転、不気味で生々しい地獄のような空間へと変わっている。顔の見えない人々が罵倒する世界を克明に表現している。

 

『一人称単数』の感想

私小説的な作品であるが、だからこそ自らを徹底的に客観視した村上春樹の視点が伺えた。

こういったうんざりするような出来事をも小説にするのが、小説家の役目なんてこと言っていた気がする。バーで女性と出会ったら必ず親密になるのが村上春樹作品であったが、今回は全く違った…。

 

また、一人称語りということで、初期の作品を思い出さずにはいられなかった。特に『中国行きのスロウ・ボート』

今から、読み直してみようと思います。