「お酒飲めない奴はむしろかっこいい」なんてことはありえない

アルハラ
  • 「お酒飲めない奴はつまらない」
  • 「そんなやつしょうもない」
  • 「ダサい」

お酒の弱い方たちはよく言われるものですね。本当に辛いものです。

 

そこで近年

「お酒を飲まない人は、むしろカッコいい

「飲めないでシラフでいる人こそイケている

というような考え方が現れてきました。

 

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「お酒飲めない奴はむしろカッコいい」わけがない

 「飲めない人はむしろカッコいいんだ」派は、

 

  • アルコールを摂取しないから健康的である
  • 上司への失言等が無く、人間関係が良好
  • お金がかからないため、違うことに使える

などを根拠にしているようです。

 

このように、メリットを挙げることで、

お酒を飲めることは当たり前」という常識に疑問を投げかけ、彼らに対抗しています(カウンターカルチャーのように、若者の新しい考え方として現れてきました。)

 

下戸の気持ちを、少しでも楽にしてくれようとしてくれています。時にお酒が飲めない人間は人権を失いますからね。私も昔、こういう考えには何度も救われました。本当に感謝。

 

シラフはカッコいいのか?

 しかし、それでもなお、「お酒飲めない方がかっこいい」という考え方に対して、

 

「その考え、本当に正しいの?」と思ってしまいます。

 

 それどころか、シラフがかっこいいんだと主張する人たちはむしろ、

「お酒が飲めない奴はダサい」という人たちと本質的には全く同じ考えではないのだろうか?とも思うのです。

お酒が弱いことは何で決まるか

我々が今一度考えるべき点は、

お酒が強いか弱いかは何で決まるのか?ということです。

 

 その答えは「100%、生まれつきの体質」である、ということ。

アルコールが体内に入ると、有害物質(アセトアルデヒド)になります。その有害なものを、無害なものに分解してくれる「酵素」があります。お酒が飲めない人は、その酵素の働きが弱いのです。

 

 つまり、これは完全な遺伝による体質です。努力で変えられるわけではないのです。我々下戸は、生まれつきその「酵素」があまり活発ではないというだけです。

 

お酒が弱いことは個性だ

それは生まれつき鼻が高いだとか、首が太いとか、体毛が濃いとか、そう言ったものと全く同じです。

つまり、それは全部「個性」なのです。

 

「個性」とは長所や短所を全部ひっくるめた、その人の特徴のことを言います。そして、だからこそ、個性というものは「優劣」が存在しないのです。

 優劣が存在しない所に、「こっちの方がカッコイイ」だとか、「人間的に価値がある」だとかいった上下関係は生まれません。

 

だから、「飲めない奴はダサい」ということもないし、「飲める人はむしろカッコイイ」ということもない。我々は特定の酵素が活発か活発でないか、ただそれだけなのです。

 例えば、身長も個性

私は身長が平均よりも低いです。

身長が平均より低いということはそれなりに指摘されることもあります。

 

しかしそれに対して、「背が低い男はむしろかっこいい」なんて言われればあまり心に響かないし、そういうことではないだろと言いたくなる。

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https://realsound.jp/2016/06/post-7909.html

むしろこのようにいう人は、背が低いことがマイナスだと思っているから言ってしまうのではないでしょうか。身長が高い人低い人、どちらにもメリット・デメリットがあります。それだけです。

どちらが良いなどということはないのです。

 

本当にカッコいいこととは

お酒が飲めないことは「酵素」の活発さで決まる、完全な生まれつきの体質であると言いました。努力でどうにかなるものではない。それに囚われてかっこいいとかダサいとか、価値判断をするのは少し幼稚な気がします。

 

本当に「かっこいい」ことは、努力で何かを成し遂げた時ではないでしょうか。自己実現を達成できた時やそれに向かって頑張っている時。生まれつきの表層的なもので人の価値が判断されてしまう時代はとうの昔に終わりました。自己実現をしている人が評価されるべきなのです。

 

アファーマティブ・アクションとしての「シラフはかっこいい」

しかし記事を見て思うのは、アファーマティブ・アクション(差別是正措置)のように両者が平等になるための途中段階としてこのようなムーブメントが起きているということです。

 

「女性差別」を是正することが近年の日本の課題の一つでした。男性優位の社会を変えるには(差別を是正するためには)まず女性を大げさにでも優遇することが必要だという考え方です。

 

例えば、会社内の上層部に明らかに女性が少ない場合、上層部の○%は女性に割り当てるといった積極的な措置をとることで女性の社会進出をフェアにしようとするのです。これは男女平等のための途中経過であり、女性が社会において平等に扱われるようになったら、措置は消えます。

 

このように、今までお酒が飲めない人はひどく疎外感を感じたり不当な扱われ方をしてきた現状がある。その風潮を変えるために生まれたのが、「シラフはかっこいい」という考え方です。阻害されてきた側は、優遇されることをしないと権利の確保が困難なのです。「シラフはむしろかっこいい」ムーブメントは、飲める人も飲めない人も心地よい世の中へするための途上だったのです。

お酒にカッコ良さはいらない

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お酒が飲めないことで見下されたり、それに反発したり….

そんなことを主張するのではなく、飲める人も飲めない人もいることを前提とし、かっこいい・ダサいなんていう価値判断をやめられるような世の中になってほしいと切に願います。

 

私は自分の周りから変えていこうと思います。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

 

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